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トラックバックのお題を使って、一作作ってみようと思いました。
「怠惰な年末の話」
寒い時期になってきた。
僕がこの街で過ごす四回目の冬。
それはつまり、この街で過ごす最後の冬ということでもあった。
今年ももうすぐ終わる。
あと三ヵ月後にはスーツに身を包んで会社で働くだなんてこれっぽっちも想像できない。
ちゃんと会社に適応できるだろうかとか、毎朝誰にも起こされず午前七時に起きれるだろうかとか、職場でコミュニケーションを取ることはできるだろうかとか、考え出せば思考の迷宮に迷い込んでしまう。
とりあえず先のことを考えるのは放棄した。
僕らは現在しか見ていないノーフューチャーな今時の大学生だ。
当面は大晦日に行うライブイベントで頭が一杯だった。
「ああでもない、こうでもない・・・・・・」
スタジオで録音したMDを聞きながら膝にギターを乗せて試行錯誤する。
アンプには繋げていなかった。
この前の飲み会で大家のお婆ちゃんに『このヤクザ学生が』と怒られたばかりだ。
あまりそうやって波風を立てるのはよろしくないことである。
まああと三ヶ月後には社会人になるわけだし、常識くらい守らないと。
弦を弾く乾いた音だけが肌寒い昼下がりの部屋に響く。
「うーん・・・・・・」
どうもしっくりとこない。
昨日から何も口にしていないので空腹感も結構イエローゾーンだ。
ちなみにレッドゾーンになると手の先が痙攣して真っ直ぐ歩けなくなる。
あの時は本気で死ぬかと思った。
「腹減ったなぁ・・・・・・」
口に出してみても食べ物が出てくるわけではないが。
一人暮らしを始めて、ひもじいという感覚がどんなものかというのが改めて分かった。
その辺に放置していた財布を拾い上げる。
中にお札はなかった。
うん、本格的にヤバい。ネイティブ調に言うとヤヴァい。
「まあ、まだ痙攣してないしいっか」
開き直った。
窓の外を見る。
肌寒い空気とは対照的に陽は高いところで眩しく輝いている。
「今年で、こんな生活も終わりか・・・・・・」
不意に。
僕はひどく感傷的になってしまうことがある。
この四年間は恐らく、これまでの二十年ほどの人生の中で一番楽しい時間だった。
平穏で、退屈で、心をかき乱すようなことなど何一つない。
でもそれはモラトリアムだ。
僕たちはそれがもうすぐ終わることを知っていた。
終わることが決まっているのを、知っていたのだ。
だから、バンドなんて組んだのかもしれない。
あと三ヶ月で一体何回ライブが出来るのだろうか。
なのに僕らは毎日のようにスタジオに通い、朝日を見るまで練習を続けていた。
それが、まだまだ続いていくもののように。
でも、こんな一人でいる日は、残された時間を考えてしまうことが多くなった。
「この先には、こんな楽しい時間ないんだろうな・・・・・・」
言葉は冷たい空間に浮かんで、空気と混ざるかのように拡散する。
誰もいない。だから、帰ってくる言葉もない。
そんな沈黙は僕の言葉を静かに肯定しているようだった。